今年初めての九州・福岡への旅その?宮地嶽神社へ三社参り   tsuneta   2007-01-14 ~ 2007-01-14

宗像・古賀 : 寺社・札所めぐり

1月14日、午後二時半過ぎに宮地嶽神社に到着した。
宮地嶽神社は福岡地区では太宰府天満宮、宗像大社に次いで三社参りでは有名なところである。 この日は午後から福岡地区では快晴になり、かなりの人出であった。 観光バスも広島山口県等のバスも来ており、かなり遠くから来ていた。
宮地嶽神社は開運・商売繁盛の神社としては関西以西ではもっとも参拝者が多く、年間で200万人、正月三が日で90万人もの人が訪れるとのことである。

・宮地嶽神社の主祭神
 息長足比売命
 [おきながたらしひめのみこと]
 《 別名:神功皇后[じんぐうこうごう] 》

 勝村大神[かつむらのおおかみ]
 勝頼大神[かつよりのおおかみ]

・由緒
 創建は、約1600年前。ご祭神「息長足比売命(おきな がたら しひめのみこと)」別名「神功皇后(じんぐうこうご      う)」は第14代仲哀天皇の后で応神天皇の母君にあたる。
 古事記、日本書紀等では三韓の折、この地に滞在され、宮地嶽 山頂より大海原を臨んで祭壇を設け、天神地祇(てんしんち  ぎ)を祀り「天命をほう奉じてかの地に渡らん。希(ねがわ) くば開運をた垂れ給え」と祈願されて船出したとある。その  後、神功皇后のご功績をたたえ主祭神とし、随従の勝 村・勝 頼大神を併せ、「宮地嶽三柱大神(みやじだけみはしら おお かみ)」として祀られている。
 以来、宮地嶽三柱大神のご加護のもとで事に当たれば、どのよ うな願いもかなうとして「何事にも打ち勝つ開運の神」として 多くの方に信仰されている。
 お参りした神社は、全国に鎮座する宮地嶽神社の総本宮です。




*写真は宮地嶽神社の日本一の大注連縄。

宮地嶽神社への参道 この参道の両脇にある各店では「松ヶ枝もち」が売られていた。 太宰府天満宮の「梅が枝餅」と良く似ていて太宰府天満宮の印の代わりに宮地嶽神社の印と梅が枝の代わりに松ヶ枝の印が異なるだけである。
最初の鳥居 此処からかなりきつい階段が続く
かなりの人が訪れている 途中までは車で登れるのだが、駐車場は一杯で歩かなければならない。
階段の途中にある神苑
上りきったところから下のほうを撮影
ここから、御本殿等の主な建物が広がる 遠くには宮地嶽が見える。滑らかな山の頂上には山頂古宮跡がある。
楼門 楼門には「ますます、繁昌」という節分の案内がある
楼門より御本殿を眺める 日本一の大注連縄が見られる
彼岸桜の大木がある かなり早咲きとのこと
日本一の大注連縄がある、御本殿
本殿の前にはかなりの人出
ご本殿のお参り状況
日本一の大注連縄 注連縄の下にいる人が小さく見える
日本一の大注連縄の説明 重さが5トン、直径 2.5m、稲藁の数量は11反に相当する。 三年ごとに架け替えるとのこと
楼門の方向を見る
各種お守り
ご本殿の横から大注連縄を見る
開運桜 その年の春一番に花が咲く。 早いときには1月に咲き始め、その花に雪が積もることもある。
本殿
奥の宮に行く途中に今迄来た後ろの景色を見る
稲荷神社 食物とお米の豊作を守る神様
稲荷神社
三宝荒神 かまど、火除けの神様
稲荷神社
不動神社 災いや厄を除く神様 この中に横穴式石室古墳がある。 全長23m,九州最大
不動神社前の清めどころにある見事な竜の彫像
不動神社
不動神社への石段を下り民家村自然公苑に行く
六月には見事な江戸菖蒲の花が咲く菖蒲園の中の木道
鉤屋造り民家 福岡県小郡市坂井にあった200年前のものを移築したもの
合掌造り民家 富山県東砺波郡利賀村にあったものを昭和49年2月に移築したもの
合掌造り民家の説明
高床式平柱小屋 長崎県下県郡権根(対馬)にあったものを昭和49年にに移築したもの ねずみの被害を防ぐために高床になっている。 また、台風や風雨に耐えるように対馬独特の泥板岩で石屋根葺きにしている。19世紀後半のもの
高床式平柱小屋
菖蒲園
日本一の大鈴 宮地嶽神社には三つの日本一のものがある。 その一つは大注連縄、そのほかに大鈴と大太鼓とがある。
大鈴 重さは450kgもある銅製
大太鼓 直径 2.2m 全て国内より調達した材料で作られている。 鼓面には和牛の皮を使用
大鈴堂
楼門と大鈴堂
宮地嶽神社の石段 約一時間半の散策は素晴らしかった。